So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

イスラーム 生と死と聖戦   中田 孝著  集英社新書 ⑦


第5章  カリフ制について考える



--- お手元に世界地図をご用意いただいて、北アフリカから中東(西アジア)にかけての地図をご覧ください。地中海をはさんで北側にあるヨーロッパ諸国の地図と見比べると明らかな違いがあることがわかります。考えるまでもなく一目でわかることです。

 ヨーロッパ諸国の国境線はうねうねと曲がりくねっていますが、北アフリカ諸国や中東諸国の国境線は比較的まっすぐで、なかには定規で引いたようなところもあります。エジプト、スーダン、リビアが国境を接しているところなど、なんと直角です。

 どうです? 驚きませんか。

 日本は海に囲まれているので、ふだんは国境をあまり意識しないかもしれませんが、国と国の境界というものは、対立と妥協の長い歴史を通じていまのかたちになったものですから、ヨーロッパ諸国のようにうねうねしているのです。直線や、ましてや直角の国境線なんて、たいへん不自然なものです。これはぜひ驚いてほしいところです。

 なぜこんな不自然な国境線があるのか。まるで誰かが地図に定規を当てて線を引いて決めたかのようです。そして、実際、そうなのです。

 本来、国境線も何もなかった大地を直線で区切ったのはイタリアとイギリスです。かつてリビアはイタリアの植民地でした。エジプトとスーダンはイギリスの植民地でした。つまり、イタリアとイギリスの植民地分捕り合戦の結果、あの不自然な国境線が引かれたのです。

 こんなふうにお話しすると、たとえば、まずリビアという国があって、それがイタリアに征服されて植民地となり、やがて独立して主権を回復した、というように思われるかもしれません。けれども古代ギリシャでは、「リビア」とはひとつの国家の名前ではなく、エジプトを除く北アフリカの地中海沿岸地域一帯を漠然と指す言葉でした。

 それでは、西欧諸国が植民地支配する以前の北アフリカ一帯はどうなっていたのでしょうか?

 かつてそこにあったのは広大なイスラーム世界でした。歴史上は、ウマイヤ朝、オスマン帝国などと、統治権力の名称は変わっていますが、その原型は、預言者ムハンマドとその後継者たちがつくりあげたイスラーム共同体、ダール・アル=イスラーム(イスラームの家)です。

 現在、イスラーム諸国と呼ばれている国々は、西欧の宗主国から独立するというかたちで、旧植民地の国境をもとに独立しました。そのため、植民地時代にどの国が旧宗主国だったかというところが国家のアイデンティティになってしまっています。---


 いま、世界中で領土問題が取り沙汰されていますが、イスラームにおいてはそうした議論は起こりえません。というのも、本来のイスラームには国土の範囲を定める境界線としての国境という発想はないからです。---

 つまり、どこからどこまでが私たちの意識するようなイスラーム国家であったかというと、そういうものは、ないと言えばない。これは裏返せば、どこまでが国境というのかはっきりしない、そういうものであった、と言えるでしょう。---


 大きな意味でのイスラーム世界というのは、東はマレーシア、インドネシアくらいから西はモロッコあたりまで広がっています。それを北から見れば、もうかなり縮小されていますが、現在、ロシアの一部であるチェチェンや、旧ソビエト連邦のタジキスタン、カザフスタンなど、その辺がイスラーム世界としてあった。---


 こうしたイスラーム的国家観は、一般的な日本人が持っている近代国家のイメージと大きく違うので戸惑われるかもしれません。

 ところで、「近代国家」とは何でしょう?

--- 本書では近代国家の特徴を言い表す言葉として「領域国民国家」という言葉を使います。

 領域というのは領土・領海のことです。---

 領域国民国家をモデルとすると、イスラームの国家像はなんともはっきりしない、ぼんやりしたものに見えるでしょう。国境はあいまいですし、前にも言いましたが、イスラームには信者を登録する組織がないので、ある人がムスリムかどうかは、その人の自己申告によるのです。ですから、国家によって登録された国民という概念になじみが薄い。

 もちろん、現在、イスラーム諸国と呼ばれている国家は、おおむね西欧近代の法制度を取り入れていますから、国境もあれば国民もいます。けれども、それは本来のイスラームの伝統から言えば、近代化のための方便なのです。---


--- 歴史上、実在したダール・アル=イスラームに最も近いもの、それは、現在のイスラーム世界の原型、預言者ムハンマドとその後継者たちが築いた最初のイスラーム国家です。

 預言者ムハンマドは、広大なアラビア半島の大半を彼一代でほぼ統一します。--- 632年に預言者ムハンマドが亡くなって、分裂の危機に見舞われたイスラームは、預言者の親友で最古参のメンバーだったアブー・バクルという人物を、神の預言者の代理人として、指導者に選びました。

 このとき、預言者ムハンマドの親族は葬儀の準備に追われていて、預言者のいとこで有力な後継者候補だったアリーという人物が後継者指名の会議に参加していなかった。このことが後に禍根を残すのですが、それについてはまた後ほど説明します。---


 代理人のことをアラビア語でハリーファと言いますが、これがヨーロッパ語になまって、イスラームの政治的指導者をカリフと呼ぶようになりました。---


 アブー・バクルが、カリフとは預言者ではなく、あくまでも預言者の代理人であり、新たな法をつくるのではなく、預言者のもたらした法であるシャリーアに従うのだとしたことは、重要なポイントです。

 イスラームでは、神は一人、法はひとつ、預言者も一人なので、預言者の代理人であるカリフもまた一人です。これによって、宗教的な権威、政治的な権力の乱立が防がれることになります。---

 

 さて、アブー・バクルの時代は内乱の時代でした。カリフの地位にあった2年間、アブー・バクルはイスラームの内紛の芽を摘むことに奔走します。---


 アブー・バクルの死後、カリフの地位はウマルに引き継がれます。このウマルの時代から大征服が始まりました。特にウマルの時代に、いまのエルサレムの辺りや、シリア近辺が勢力圏に入ります。

 シリアはいまでは完全にアラブですけれども、当時はアラブではなかった。ただもともとシリア語はアラビア語に近い言葉でした。--- 

 シリアは、もともとキリスト教の中心地でもありましたし、非常に豊かな土地でもあります。文化的にも経済的にも最先進地域でした。そのシリアがウマルの時代にイスラーム化された。これは後のイスラームの発展にとって大きな意味を持つ出来事でした。

 さらに、ウマルの時代にエジプトも征服します。--- 当時、ローマ帝国はあったわけですけれども、ローマ帝国は、西は蛮族で、東の方がずっと文化的に進んでいた社会だったのです。なかでも、シリアとエジプトがいちばん豊かでした。その部分が全部イスラーム化されました。ローマ帝国のいちばん豊かな南半分をとったわけです。

 

 3代目のカリフはウスマーンという人です。ウスマーンもアブー・バクルと同じ、預言者ムハンマドの早い時期からのお弟子さんです。--- ウスマーンの時代に広がったイスラームの勢力圏が、いまのイスラーム世界と呼ばれるダール・アル=イスラームの中核となります。

 

 しかし、この人の功績でいちばん大きなものは、『クルアーン』の編纂でしょう。---


 仏教、キリスト教、イスラーム教を世界三大宗教と呼びますが、開祖の直弟子たちが存命のうちに教義が文書化されたのはイスラームだけです。

 仏教は釈迦の死後、第一結集と言って、釈迦の弟子たちが集まって教義と戒律を確認したと言われていますが、文書としては記録されず、現在、私たちが読むことができる経典が整備されたのはずっと後の時代になってからでした。

 キリスト教も『新約聖書』が成立したのは、イエスの死後、かなり時間が過ぎてからです。---


 ただしこのウスマーンはウマイヤ家の人間でした。--- ウスマーンこそ自分の親戚たちとたもとを分かち、早くからイスラームに帰依して預言者ムハンマドたちと苦楽をともにしたわけですが、後にウスマーンの後継者を名乗ってウマイヤ朝を開いたムアーウィアの父親は、最も激しく預言者を攻撃していました。ウマイヤ家というのはそういう人たちだったのですが、マッカ陥落とともに改心してイスラームに参加することになった。そのため、とくに預言者の親族たちからは、いまひとつ信用されていなかったふしがあります。

 ところが、ウスマーンはカリフに就任すると、ウマイヤ家の人間を重用するようになります。これが不信を呼び、ウスマーン時代というのはイスラーム世界がいちばん拡大した時代ではありましたが、マディーナで内乱が起きて、ウスマーンは自宅を包囲され遂には殺されてしまいました。


 ウスマーンが殺されて、預言者ムハンマドのいとこにあたるアリーという人物が4代目のカリフに就任します。

 アリーは、孤児になった幼いムハンマドを引き取って育てた伯父の息子で、預言者の娘ファーティマを妻に迎えたこともあって、早くから後継者として有望視されて、熱心な支持者たちがいたようでした。このアリーの党派が、いま、イランで盛んなシーア派という宗派の原型です。---


 ところが、ウスマーンが殺されたとき、アリーもマディーナにいたのですけれども、助けに駆けつけませんでした。イスラームでは人が殺された場合、遺族は下手人を殺すか、あるいは賠償金を取る。それはカリフの判断で変えられるものではなく、殺された人間の遺族の権利です。

 ところが、ウスマーンが死んだあとで、アリーはこれをしませんでした。

 ウスマーンが死んで、やっとカリフに選ばれたアリーは、結局ウスマーンの仇を討たず、賠償金もとりませんでした。それに対して、当時シリア総督だったムアーウィアはウスマーンと同じウマイヤ家の人間なので、当然、不満を抱き、アリーに対して忠誠を誓うのを拒みます。

 そして、また内乱の時代に入るわけです。--- アリーはムアーウィアの内乱の過程で殺されてしまいます。アリーの死後、その長男のハサンがムアーウィアと手打ちをして、ムアーウィアにカリフの地位を譲る。それでイスラームはようやく再統一されるわけです。

 ムアーウィアはカリフの地位を自分の息子のヤズィードに世襲させます。それまでの4代のカリフ、アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーは、同じクライシュ族ですから広い意味では親戚ということになるわけですけれども、家族ではありませんでした。ムアーウィアが初めて、自分の息子を「次のカリフにする」と言って、世襲をさせました。これ以降、カリフの地位はウマイヤ家出身者のあいだで世襲されることになり、これをウマイヤ朝と呼びます。

 ウマイヤ朝以前の、4人のカリフを正統カリフと呼びます。ただしシーア派は、アブー・バクル、ウマル、ウスマーンの3人は、本来はアリーが預言者の死後、後継者になるはずだったのに、その地位を簒奪したのだという見方をしているので、彼らをカリフとは認めず、アリーを初代イマームとして、その地位はアリーの子孫に引き継がれたものと見なしています。---



--- 長々とイスラームの歴史(これでも、ごく初期のころだけですが)を話してきたのは、ダール・アル=イスラームとカリフについてのイメージを大雑把にでもつかんでもらおうとの趣旨からでした。




───────────────────────────────────────────────────────────────────────



 端折ることが難しい説明が続きます。

 長いので、第5章も、ここで一旦切ります。



nice!(0)  コメント(0) 

イスラーム 生と死と聖戦   中田 孝著  集英社新書 ⑥


第4章  イスラームは政治である( の続き )


 現代の自然科学は存在の領域に特化した学問ですから、その中には人間の自由が入る余地はどこにもない。そこには人間の精神のようなものは入ってこないわけです。

 それではどこから精神が生じてくるのか、西欧的科学ではそれを説明できません。あくまで科学主義、物理学主義的な人間観、人間機械論の立場をとるなら、そこには自由や責任なんて生じないわけですから善悪の問題もありません。けれども、それは問題を解決したのではなく、問題から目を背けているだけです。---

 自然の秩序は人間の秩序とは別ですから、物理学と政治学を分けるのはかまわない。物理学と道徳を分けるのも、物理と倫理を分けるのもかまわないわけですが、政治と倫理、政治と宗教を分ける理由は何ひとつないわけです。人間という、自由を持って善悪に関わる存在についての学問が、なぜ政治を排除する必要があるのでしょうか。---


 自由というものについて議論をするためには、まず人間のアイデンティティの話、そもそもいまの私と5分後の私が同じかどうか、そこから話をしないといけません。

 自由という概念は、いまの私と5分後の私が同じ人間であるという前提があって初めて成り立つものです。突然妙なことを言い出したと思う人もいるかもしれませんが、逆の場合を考えてみればすぐにわかります。--- ある行為の結果が、その行為主体の自由な選択の帰結であると言えるためには、選択する前と選択したあとの人格が連続していなければなりません。これが、自由が成立するための基本的な条件なのです。

 しかし、その連続性を保証するものは何もない。人間は瞬間、瞬間で変わっています。生理的にも新陳代謝を続けているし、意識においても考えは刻一刻と変わっています。それを同じ人間であるというふうにするものは何かというところから始まるわけです。

 イスラームの創造論では世界は神によって「無」から創られた。神はいったん創った世界をほったらかしにしているのではなくて、過去も未来もすべて創ったとイスラームでは考えます。この世界のすべてを創ったというのは、空間的な広がりにおいてだけでなく、時間的にもすべての瞬間のこの世界を神が創ったということなのです。それは最初に創った世界をちょっとずつ加工・変形してというのではなく、すべてが一瞬ごとに「無」から創られていく。ですから、いまから一瞬前の世界というものはいったんすべて消えるし、いまから一瞬あとの世界というものも、また新しく神によって創られる。---


 こうした議論はあまりにも突飛で、イスラームがますますわからなくなったと思われるかもしれません。しかし、この議論の難しいのはイスラームと日本との文化的コンテクストの違いによるのではなく、問題が哲学的な領域にあるからです。とはいえ、SF的発想に親しんでいる世代にはそんなに突飛な話でもないでしょう。---


 さて、世界が私たち人間を含めて、一瞬ごとにリセットされ、再創造されているとすると、ふつうの意味での因果関係は成り立たなくなります。--- 宇宙は絶え間なくリセットされ続けているとすると、私たちが自らの意志で何を選択するという自由行為のモデルも意味を失います。--- この問題にイスラーム神学はどうこたえるのでしょうか。

 イスラーム神学はアリストテレス倫理学の「必然」「可能」「不可能」というカテゴリーを使って考えます。

 不可能というものはひとつしかないし、必然というものもひとつしかありませんが、可能というものは不可能と必然のあいだにあって無数にあります。人間も、この世のすべてのものは存在のあり方としては可能態になるわけです。---

 この世界も、その中にいる私も、いま、現実にある状態に至るまでに無数の分岐点があった。分岐点ごとに少し条件が違えば、また私が別の選択をしていれば、まったく別の世界と別の私もありえた。その組み合わせは無数にあって、いま、私たちがいるこの世界のほかにも可能だった世界が無数にある。

 その中のひとつが、いまの私がいるこの世界である。---

 本来、人間は、いまの自分と前の自分というものに連続性がないにもかかわらず、いまの自分から見ると過去の自分は全部ひとつながりの必然に見えてきます。実は一瞬前といまの私には連続性がない。しかし、瞬間ごとにたくさんの選択肢があって、その中には随意運動のように自分の選択で選べるものもあれば、不随意運動的というか、自分の選択によっては変えられないものもあります。

 自分でコントロールできるもの、できないものを含めて、そういった無数の選択肢の中からひとつのものが選ばれているということが、いまの自分が昔の自分と同一性を持って最後の審判までひとつの流れとしてあるということを説明できます。そしてすべてのことはその人間から見ると自らの選択の結果として必然であったかのように見えるということです。---

 私自身の暫定的な神学的結論は、我ながら信じがたい結論なんですけれども、まさに無数の世界が、すべて実在するというものです。---

 ただこれは、あくまでも私自身の考え方で、『クルアーン』の中の考えを神学的に敷衍するとこうなるはずだろうというような話です。ただ、展開していくとこれがいちばん説明として合理的だと思っています。---


 私たちは選択を重ねてきて、ほかにもありえたかもしれないけれども、現実にはこの唯一の人生について、一人の人間として認められる。私たち人間が存在する、私たちというものが存在することが、神によって認められるのが最後の審判なのです。

 すべての自分、昔の自分もいまの自分も含めて、すべての自分がひとつになったものとしての意識を持って、神の前に立つ。それが最後の審判です。---


 歴史上の人物としてのムハンマドについては伝記がいくつも出版されていますから、ここでは詳しく述べずに、預言者とは何かについて説明しておきましょう。

 まず、ムハンマドをイスラーム教の開祖とか教祖とする説明を見かけますが、開祖とか教祖という言葉を、新しい宗教を創始した人という意味で使うなら、ムハンマドについては少し違います。ムハンマドは自分で教義を考え出したり、崇拝対象をこしらえたりしたのではなく、神の呼びかけに応えて神の法を託された預言者です。

 しかも、ムハンマドに法を託した神は、ユダヤ教のモーセに十戒を授けた神であり、キリスト教のイエスに新しい契約を託した神と同じ神です。イスラームとしては、ムハンマドは古くからあるアブラハムの神が最後に遣わした預言者で、自分が考えた新しい神を宣教しているのではなく、あくまで神の法を人間にもたらしているのだということになります。---


 キリスト教の場合、イエスは神の子とされていますが、イスラームの予言者ムハンマドはただの人間です。イスラームでは、イエスも先輩格の預言者ではあっても神の子だというのは誤伝だとします。モーセもイエスもムハンマドも同じ預言者で、その意味ではただの人間です。ただの人間だからといって尊崇しないわけではありません。ムスリムはムハンマドに最高の敬意をいだいています。---


 預言者は神の法をもたらすことによって、神と人間をつなぐ役割を果たしているわけですが、イスラームには学者(ウラマー)や聖者と呼ばれている人たちもいます。

 日本の報道などで「イスラームの聖職者」という言葉が使われることがありますが、厳密にはイスラームにキリスト教の聖職者や仏教の僧侶のような、階級としての聖職者はいません。日本の報道で「イスラーム聖職者」と呼ばれている人たちは、たいていは学者です。---

 彼らの多くはイスラームの法学者で、法解釈について権威ある見解を出すことはできますが、神の法を新たにもたらしたり、いまある法を変えることはできません。それができるのは預言者だけで、イスラームではムハンマドが最後の預言者であるとされていますから、基本的に法改正はありえません。---


 しかしながら、これまで述べてきたことは、どちらかといえばイスラームの原則論に立って述べたもので、現実のイスラーム社会は必ずしもここで述べてきたようなものではありません。

 現代のムスリムたちの現状は、関西弁でいうと「てれこ」という言葉がぴったりくるのですが、ちぐはぐというかあべこべというか、はっきり言えば、イスラームの基準からは大きく逸脱したものをイスラーム的としている現実があります。

 社会現象面では、ハラール商法やイスラーム銀行などはイスラームとは似て非なるものです。同じことの政治的あらわれとしては、イスラーム「諸国」が存在し、そこで西欧流の法制度によって国家が統治されているということ、このこと自体が、自由意志を保障するイスラームの原則からはずれています。

 細かな例を挙げていけばきりがありませんが、逸脱の最たるものは、カリフが不在であったことです。

 カリフとは預言者ムハンマドの後継者であり、イスラームの最高権威者です。カリフの不在はイスラームにさまざまな問題を引き起こしてきましたが、2015年現在、イラクとシリアにまたがる地域を実効支配する勢力が、「イスラーム国」の成立を宣言して、カリフ制復興の旗をふりました。このイスラームの現代史に刻まれる事件をどう評価するかも含めて、次章ではカリフ制について論じます。




───────────────────────────────────────────────────────────────────────



 「神学論」の世界に入ってしまいました。

 「神学論」という言葉は、「浮世離れした」「意味が理解できない」という意味で使われることがありますが、私にとってこの章は、まさにその世界です。





nice!(0)  コメント(0) 

イスラーム 生と死と聖戦   中田 孝著  集英社新書 ⑤


第4章  イスラームは政治である




--- これまでもイスラームの特色として、法学的に思考すること、倫理的存在という人間観に立つことなどを挙げてきました。イスラームは信仰によって結びついた共同体(ウンマ)を前提にして、私たち人間がどう生きるべきか、どのような社会を営むべきかを考えます。はっきり言えば、これは政治です。イスラームとは政治にほかなりません。宗教としてのイスラームと、政治としてのイスラームは別のものではないのです。

 多くの日本人は、宗教というものは心の世界のこと、個人の内面の問題を扱うもので、政治や社会に関わるものではないというイメージを持っているように見えます。その色眼鏡を通して見ると、社会生活や政治に深く関わるイスラームは、なにか宗教としては異質なものに見えることでしょう。

 けれども、こうしたイメージは明治以降、日本に政教分離という西欧政治由来の観念が移植されてからのもので、日本の歴史を振り返っても、宗教は個人の心の問題に限定されたものではなかった。むしろ政治と宗教が強く結びついていた時代のほうが長かったのです。

 そもそもヨーロッパで政教分離の観念が生まれたのは、王権とキリスト教(特にローマ教会)との葛藤、キリスト教内部でのカトリックとプロテスタントの宗派間対立を調停するためでした。そうした歴史的経緯はあるけれども、それによって宗教対立による紛争がなくなり、社会が合理化されたというのは間違いです。

 現に、2度の世界大戦は政教分離がなされた西欧列強によって引き起こされました。--- そして今世紀になってから、世界各地で起きている多くの戦争や紛争に関与するアメリカ合衆国は、憲法(合衆国憲法修正第1条)で政教分離を定めている国です。

 つまり、政教分離はそれ自体で正しいわけでもなんでもないのです。政教分離さえすれば問題が解決するように思うのは現代の盲信といってよいでしょう。

 イスラームを理解しようと思うなら、まずは政教分離が万能薬であるという現代の盲信から自由になることが必要です。


 政治とは人間が自由であることを前提にして語られる領域です。ここでいう自由とは、具体的な政治的自由、経済的自由などのことではなく、人間が自由意志をもっていて、自分の行為を自分で選択しているという意味での自由です。---

 自由意志に対立するのは自然法則で規定される自然界です。自然界で起きる出来事はすべて自然法則に規定されており、そこでは政治という概念は成り立ちません。万有引力の法則は政治的に決定されたものではないのです。人間も自然界に属する生物のひとつですから、その限りでは自然法則に規定されています。---

 しかし、自然界に属するものの中で、人間だけが(イスラーム的には人間とジンだけが)自由意志を持っています。自然法則を超えることはできなくても、それが許す範囲であれば、別の選択肢を選ぶこともできる。それが自由ということです。この自由があってこそ責任や義務も意味を持ちます。---


 しかしこのことは同時に哲学・神学上の問題をも引き起こします。神が全知全能の造物主なら人間の自由にどういう意味があるのか、という問題です。これはイスラーム神学だけでなくキリスト教神学でも問題にされてきたことですが、ことにイスラームの場合、この世界のすべては、過去のことも未来のこともアッラーの知識の中にあらかじめあるわけですから、これはなかなか大問題になります。

 すべては神の知識の中にあるなら、そしてこの世界を創ったのが神ならば、人間の行為の善し悪しは神の意志であって、人間の自由意志など意味がないのではないか。こういう疑問は古来、幾度も提起されてきました。現代の哲学でもなお議論が続いています。

--- イスラーム神学ならどう考えるか、あるいはどう考えうるかということを示しておきましょう。

 イスラームの神は、神学的に言うと非常に明快で、まず世界の創造主であるということ、つまり存在するものの根拠である。それと同時に人間に規範を示し、人間がそれに従うべき主であるということ、つまり善悪の根拠でもある。これに尽きます。

 存在するものはただ存在するだけで、善悪はそれとは別にあります。--- 「存在の領域」と「善悪(当為)の領域」がある。イスラームの場合はその区別を明確に定式化します。そういう意味ではイスラームは二元論的です。その両者の根拠となるのが神である。

 ほかの宗教は、そうではない。愛だけだったり、善悪がなかったり、存在が根拠づけられていなかったりしますが、それがイスラームだとはっきりとわかる。「アッラーとは何か」というと、一言で説明ができてしまう。すべての存在の根拠であって善悪を決めるものが神である、これに尽きるわけです。--- 正しくない(悪い)けれども存在するもの、悪しき存在、これはすでに存在してしまっているわけですから、これをどうこうすることは人間にはできない。その存在を取り消すことができるのは存在の根拠である神だけです。しかし、存在しないけれども正しい(善い)ものは、もし人間がそれを望めば、神がそれを創り出してくださる場合もある。もちろん、存在しないけれども悪しきものの場合も同じことがありうるわけです。

 このように、神によって人間の意志にゆだねられた領域がある。それを望むか望まないか、何を望むか望まないかを神が人間にお任せになった領域がある。それは人間自身の行為に関することで、それが善悪の領域である。この善悪の領域が成り立つためには、人間に自由が必要です。人間の自由は善悪を説明するためにあるわけですので、自由がなければ善悪は成り立たないのです。だから、倫理は自由とセットになっている。



───────────────────────────────────────────────────────────────────────
 話が非常に難しくなってきましたので、一旦、ここで切ります。

nice!(0)  コメント(0) 

イスラーム 生と死と聖戦   中田 孝著  集英社新書 ④


第3章  死後の世界

 これまでは、私たち人間が生きて暮らしている世界がどのように誕生したかについてお話ししてきましたが、ここからは死んだらどうなるかについてお話しします。---


 ごく簡単に言うと、最後の審判の後にくる永遠の来世がイスラームの考える天国であって、死んだ人はすぐに天国に行けるわけではありません。とりあえず肉体はいったん死んで、死んだ者の霊魂は最後の審判のときまで眠っている。天国に行けるかどうかは最後の審判で決まるわけですから、それまでの長い時間をお墓の中で眠って過ごしていると考えられています。

 最後の審判では、人間だけではなく、宇宙自体が死ぬという壮大な過程があって、世界が別の秩序に移る。それがイスラームの来世です。宇宙自体が死ぬ前に歴史の終末が来ます。イスラームの終末論は最終戦争が起きて歴史が終焉を迎えるというものです。---


 世界が滅亡すると、この宇宙のすべてのものが、天使も含めてみんな死ぬ。宇宙にあるものすべてが死んだあとで、それまでに死んだすべての死者がよみがえって、最後の審判で裁かれる。そのあとは永遠の来世が続く。こういう世界観の中で個人の死というものが位置付けられるわけです。---


 日本ではふつう、天国イコール死後の世界と考える人が多いと思いますが、イスラームの天国は死後の世界ではないのです。先ほど説明したように、イスラームの世界観では、死んだからといってすぐにどこか別の世界に行くわけではありません。人間の魂は死んだ後もこの世にとどまって眠っている。そして、最後の審判によってはじめて天国か地獄に行くことになります。

 つまり、ふつうの人間の目から見れば、世界の終末の後に行くところというのは、遠い未来の話であって、今現在は、天国にしろ地獄にしろ、死後の世界は存在しないということになる。---


--- 殉教者に関しては、肉体自体は死ぬわけですが、魂はそのまま天国に直行します。世界の終末も最後の審判もパスして、いきなり天国に行けるのです。ほかの人のように墓の中で最後の審判まで眠っているのではなく、殉教者は天国で生きている。だからジハードで死んだ殉教者は、法学的にも一般信徒とは葬儀の仕方が違うのです。

 このように、イスラームでは殉教者の死は特別な位置にある。このことは神学にも関わってきます。---


 特にイランで盛んなシーア派(シーアとは党派という意味)は、殉教には特別な思いがあります。

 それにはちゃんと理由があって、シーア派の場合は最高指導者をイマームと呼びますが、その初代イマームのアリー、それから3代目のフサイン(これは預言者ムハンマドのお孫さんです)が殺されているのです。特に3代目フサインの場合は、ウマイヤ朝という不正な王朝と戦って殺されてしまった。---


 いくつか例外はありますけれども、基本的には、ムスリムにとってジハードで死ぬことはいちばんよい死に方だとされています。---

--- ジハードというのは非常に重要であって、徳の高い行為なのです。---

 真面目なムスリムであればジハードで死にたいはずなのです。---


 殉教は天国へ直行する切符ですけれども、ただし、殉教者が天国に直行できない例外がふたつあります。ひとつは借金です。--- 借金というのは、これは人間の権利の範囲の事柄なので、借金を踏み倒された人間が許さない限りは神も許さないわけです。神学的に言うと、神が人間の許しを通して赦す、という構造なのです。

 このように、現世での人間の権利と義務に関しては、それをまず果たさないと天国に行けないということがあるので、借金を残してはいけないわけです。

 もうひとつ、借金のほかに、両親の許しがないとジハードに行けないとされています。ただしこれはジハードといっても任意のジハードの場合、つまり自分が行きたいからといって行く場合のことです。任意のジハードに関しては、親がダメだと言ったらダメなのです。

 けれども、ムスリムの土地に異教徒が攻めてくるとか、あるいはカリフから招集命令が来るとかいった場合のように、ジハードが義務である場合は、親の命令よりもそちらのほうが優先するので、その場合はかまいません。---

 ジハードを命じることができるカリフとは、預言者ムハンマドの後継者を意味するアラビア語ハリーファを欧米風に発音したもので、イスラームの最高権威のことです。--- このカリフという地位はイスラーム法の上では存在していたのですが、かなり長い期間、空位のままでした。このため、現代のムスリムのジハードは、異教徒の攻撃に対するやむをえない自衛としての行為に限定されていたのです。




────────────────────────────────────────────────────────────────────────



 「ジハード」とは、かなり重い意味を持つもののようです。




nice!(0)  コメント(0) 

イスラーム 生と死と聖戦   中田 孝著  集英社新書 ③


第2章  神

 --- アニミズムと一神教が両立しないと思われているのは、おそらくアニミズムを多神教と混同しているからでしょう。

 多神教とは、神でないものを神として崇拝する偶像崇拝と結びついた概念です。---

 

 アニミズムというのは精霊信仰と訳されることもありますけれども、基本的には物に霊が宿るという考え方です。霊それ自体は普遍的な原理ではありませんから、神とイコールになりません。

 イスラームはすべての物がそれぞれ独自の言語を持っているという考え方をします。たとえばアリはアリの言語を持っていますし、ミツバチはミツバチの言語を持っている。さらに言うと、鉱物などの一般に無生物とされているものもそれぞれの言葉を持っている。---

 そういうふうに考えればあまり不思議でもないのですけれども、要するにすべてのものはコミュニケーションツールとなる言語を持っていて、それぞれがコミュニケートしていて、そのコミュニケーションツールによって神を讃えている。これがイスラームの世界観の基本です。

 ところが、そのコミュニケーションツールは同種のものにしか働かないので、ほかの種のものにはわからない。それがわかるのは神だけです。神だけは全部見ている。---

 原則的にすべてのものは自分たちの言語を持っていて考えている、それは神にはわかっているし、人間にも神の恩寵があればわかるという、そういう世界観です。すべてのものがもともと自分たちのコミュニケーションツールを持っているということは、言語があり、つまり意識がある、そして神を讃えている。それがイスラームの考え方です。

 

 すべてのものに言語があり、それぞれに独自のコミュニケーションがある。これを言い換えればすべてのものに意識がある、つまり「ルーフ」、霊があると言ってもよいわけです。これはまさにアニミズムです。

 すべてのものに霊がある。ただし、それを神として崇めることは別の問題です。それは多神教です。霊を崇拝する、アッラーを忘れて霊に頼ってしまうことはイスラームの禁ずるところですが、アニミズム的な世界観というか、すべてのものが霊を持っていて、それがコミュニケートできるんだよと考えること自体はなんの不思議もない、イスラームの教義そのものなのです。

 基本的にはキリスト教、ユダヤ教では、人間だけが神の似姿です。だからキリスト教・ユダヤ教にとっては、「人間と神プラスそれ以外の自然」という図式になります。

 ところがイスラームではそうではなくて、神は超越しているので、この世界のどこにもいません。ですから、神以外のほかのものはすべて、基本的に全部同じ立場なのです。そこが決定的に西欧の宗教観と違うところです。---

 しかし、それでは、なぜ人間だけが違うのかというと、西欧では人間を理性的動物と考えるのが主流ですが、イスラームでは理性とか意識とかによるのではなく、責任の有無によります。だからイスラームの人間観では、あくまでも倫理的な存在が人間なわけです。

 イスラームの世界観では、自然も全部霊を持っていて、意識を持っていて、それぞれが言葉、コミュニケーションツールを持っているという点では人間と変わらない。けれども、自然は悪を犯さない。すべて神の意のままでである。ところが人間だけが自由意志を持っていて、神の意に反し、悪を犯しうる。悪を犯しうる存在であるということにおいて、人間は宇宙の中で独自な存在です。

 

 説明が複雑になるので略してきましたが、実は人間のほかにもうひとつ悪を犯しうる存在があります。それがジンです。

 ジンとは、妖精とか精霊、あるいは魔神などとも訳されます。--------


 ここまで、イスラームの世界観のアニミズム的な側面についてお話ししてきましたが、同時にイスラームは一神教ですから、神はただ一人です。それは日本人が神と呼んでいるジン的な存在ではなく、世界を創造した唯一の神です。---


 イスラームでは世界の創造主である神をアッラー(アッラーフ)と呼びます。それでは、アッラーが世界を創ったとはどういうことか。日常的な言い方をすると、無から創造するというようなイメージで、とりあえず受け止めてもらっていいでしょう。

 だから、最初、世界はないのです。空っぽの容器のような世界がすでにあって、その空間の中のあれやこれやを神が創ったのではなくて、世界そのものがない。ないところに、「アッラーの御言葉が来る」、ここから世界が始まります。---


 アッラーが「あれ」というと、「ある」わけです。キリスト教の聖書の表現では、神が「光あれ」というと、光が出てくるわけですけれども、『クルアーン』だとただ「あれ」という。そうすると、それはもう「ある」のです。---


 ただし、「あれ」は命令形ですから、命令される対象が何かないといけません。--- 

 ところが「あれ」という命令文は、「存在せよ」と命じているわけですから、「あれ」といわれているものが初めから存在していたら、命じる必要がないことになります。存在していなかったからこそ「あれ」と命令されるわけです。この場合、ないものに対して命令するという、ふつうに考えるとおかしなことになります。つまり、神による世界の創造とは、私たちの日常的な感覚としての「ある」と「ない」とは違う次元の話なのです。


 「あれ」と言われている対象も、この私たちの日常的な感覚でいうと「ない」わけです。けれども、それは神の知識の中ではもともと「ある」ものなのです。人間も同じで、「あれ」と言うと出てくるけれども、それまでは「ない」のです。世界の中には「ない」のだけれども、「あれ」と言われる前から実は神の知識の中には「ある」のです。

 神は時間を超えた存在ですので、神の世界とはいわば時間がない世界です。時間がない世界では、私たち人間には生まれたり消滅したりしていくように見える世界のすべてのものは、神の知識としてもともと存在している。それが、私たちの見えるところで展開しているのが人間の世界というものであって、私たちにとっての世界と神の世界とは違うわけです。---

 もちろん、アッラーは空間的存在でもないので、神には場所も時間もないのですけれども、比喩として言うなら、すべてを知っている神の地図というものがあるわけです。神の地図の中には世界の始めから終わりまで、すべての出来事や事物が全部入っている。すべてのものが詰まっている。それが、神が「あれ」と命じることによって、この現象世界の中に展開してくるように、私たち人間には見えるという、そういう世界観です。---

 

 つまり、私たちは本当は無に近いもので、それが一瞬だけその場に仮象として現れる。たとえば、私たちはこの世界に生きているので、いま見ているこの世界こそがまさに現実に見えるわけです。けれども、実際にはこの世界は仮の世界であって、真実の世界はここにはない。真実の世界は神の世界です。---



--- この宇宙の創造の前に、すべての人間が天上的な世界で神と対面します。そこで人間と神の関係が明らかにされて、「人間は被造物であって、神は主である」ということが確認される(『クルアーン』7章172節参照)。ここまでは神の領域の話ですから、超歴史的なのです。--- いったん神の知識から天上的な世界に呼び出されて、神との対面を終えたあとで、すべての人間はまた神の知識に戻るのです。そして、人類はアダムが一応人間の祖先とされていますので、人類史的にはそこからすべてが始まる、そういうイメージです。すべての人間は、創造の前に神との対面を済ませているけれども、それはこの世界に生まれてきたときに忘れてしまいます。---




────────────────────────────────────────────────────────────────────────



 だそうです。


 「だそうです」としか、感想の持ちようがない私です。

 



nice!(0)  コメント(0) 

イスラーム 生と死と聖戦   中田 孝著  集英社新書 ②


第1章  イスラーム法とは何か?



--- イスラームとは、もともと法学的な思考をするものなのです。ただし、法といっても現代の日本人が考えるような意味での法律ではありません。イスラームの法学的思考とは、世界観というか自分の日常生活自体をそれによって律するような考え方で、日本人の考える法律とはかなり違うものです。

 いまの日本で『法律』というと、憲法とか民放とか刑法とか、『六法全書』に載っているような国の法律を指します。--- こうした国家が決めた社会の規則という意味での法律とイスラーム法とでは、世界観やその思考の枠組み自体がかなり違うので、そこがわかっていないと同じ話をしているように見えても実は食い違ってしまうことになります。

 そもそもイスラーム法は国家が定めた法律ではありません。アフリカから東南アジアまで広がるイスラーム圏には、もちろん多くの国家があって、国ごとに法律があります。けれどもそれはイスラーム法ではないのです。

 それではイスラーム法とは何か。

 あえて一言でいえば、それは「神が定めた掟」です。

 イスラーム法は国ごとに政府が定めた法律ではありません。現在の国境を越えて、イスラーム圏と呼ばれている広い範囲で通用する、社会のあり方についての共通了解のようなものだと、とりあえずはおさえておいてください。現在のイスラーム圏を分断している国境線などというものは、欧米列強による植民地化の傷跡でしかありません。もともとイスラーム圏はイスラーム法の枠組み内で、多文化、他民族、多宗教が共存する広大な「法治空間」でした。 

 民主的手続きを経て制定されたにしろ、独裁者が勝手に決めたにしろ、法律はしょせん人の決めたものです。立法手続きがどうであろうと人の決めた法律に従うことは、人が人に従うこと、逆に言えば、人が人を支配することであって、法律とは人による人の支配の道具です。

 これはイスラームの教えからは遠いものです。ましてや、法律によって人々を支配する国家を崇拝するなどというのは、イスラームの教えが禁ずる偶像崇拝、多神崇拝そのものです。---


 人間の作った法律は、違反すれば罰せられることもあれば、罰せられないこともあるわけです。罰せられた人間は不運ですけれども、罰せられなかったとしても、それはたまたまラッキーだったというだけで、罰せられたか罰せられなかったかは善悪とは関係ありません。人間の作った法律は蓋然的に守られることが多い、違反すると不利益を被ることが多いというだけの話です。

 神の法はそれとは別のものです。現世での生き方は人間に任されていますから、現世で法を破ってそのままで死ぬまで安楽に生きている人間がいるかもしれません。けれども、最後の審判で裁かれる。この点については自然法則のように例外なくそうなる、というのがイスラームの考え方です。

 こうした信仰に裏打ちされてイスラーム法は意味を持つのです。ジハードが法的に定義された行為であるというのも、神への信仰を抜きにしては意味がないのです。次章では、イスラームの神、アッラーとその宗教的世界観についてお話しします。



───────────────────────────────────────────────────────────────────────



 長い説明が続くのですが、大幅に端折って、ここまで、ただ読むだけに終わっています。


nice!(0)  コメント(0) 

イスラーム 生と死と聖戦   中田 孝著  集英社新書 ①


 2014年10月6日、北海道大学を休学中の男子学生が戦闘員として「イスラーム国」に渡航を企てていたとして、警視庁公安部から事情聴取を受け、この男子学生を手引きしたとして捜索を受けた「元大学教授」が著者である。


 前々から、どういう人物か知りたいと思っていました。

 

 たまたま本屋で、この本を見つけて買いました。

 読み通すのに、少しばかり苦労しました。


 「イスラーム」とは何か? 丁寧に説明しています。


 少しの偏りもなく説明していますが、宗教を理解することは、私には難し過ぎます。

 それが、読み通すのに苦労した部分だったように思います。




────────────────────────────────────────────────────────────────────────



序章 イスラームとジハード


--- ジハードはイスラームの正統な教義です。これはつまり、本来のジハードは一部の過激派が自暴自棄になってやっている逸脱行為ではないということです。ジハードは、ムスリムなら誰でも知っている教義で、もちろん『クルアーン』の中でもジハードという言葉を含む文章は何十ヵ所もあります。ジハードする者は天国に行くという言葉がいくらでも出てきます。

 『クルアーン』とは、日本では従来『コーラン』という題名で知られてきたイスラームの経典で、神から預言者ムハンマドに下された啓示をまとめた一冊の書物です。--- このほかにムハンマドの言行を弟子たちが伝えた『ハディース』という書物もあって、これもイスラームの聖典とされています。

 『ハディース』には、いちばん大切なジハードは自分との闘いであるという言葉もあります。そこから、ジハードには自分の弱い心を乗り越える、克己という意味も出てくるのです。これを武力による戦闘と区別して「大ジハード」と呼びます。武力による戦闘は「小ジハード」です。---


 ジハードは天国へのいちばんの近道です。これは過激派だからとか原理主義だからという話ではなくて、普通のイスラームの教義です。---

 ただし、だからムスリムはみな死を恐れないとか、死を望んでいるということではありません。これは現代だけではなくて、預言者ムハンマドの時代ですら、やはりジハードに尻込みする人間はいました。『クルアーン』にも、「おまえたちには戦いが義務として書き定められた、おまえたちにとっては嫌なものであろうが」(2章216節)とはっきり書かれています。---

 では次に、ジハードを「殉教」という言葉に置き換えてみるとどうでしょう。

 殉教者が天国に行くとされるのはキリスト教も同じです。--- イスラームの場合も、アフガニスタンでも、イラクでも、エジプトでも、シリアでも、ジハードを行っている人たちは、基本的にはみんな殉教するために行っているわけです。

 ただ、日本で「自爆テロ」と呼ばれているものがジハード的と言えるのかどうかという問題はあります。自殺することはジハードではないからです。それをやったら100%死ぬという行為は自殺に近い。そして、イスラームの教えでは、自殺は永遠に火獄で焼かれるほどの大罪です。つまり、ジハードによる殉教死か、自殺かによって、文字通り「天国か地獄か」の差があるのです。--- ジハードは死ぬことを目的とする自殺ではなく、あくまでも戦いであって、死ぬまで戦うというのが基本なわけです。


 このようにジハードとは自殺でも自爆テロでもなく、あくまで戦闘であって、戦い抜いた結果死ねば天国に行けるというのがイスラームの教えです。とはいえ、戦いならなんでもよいというわけではありません。ジハードは、イスラーム法において定義されている概念で、ムスリムの戦いがすべてジハードとされるわけではないのです。

 イスラーム法において、ジハードとは異教徒に対するイスラームのための戦闘である、とされています。これがジハードの法学上の定義です。イスラームを守って広めるための戦闘がジハードです。ですからムスリム同士の戦闘はそもそもジハードにはなりません。どんな戦闘であっても、それをジハードとは絶対に言いません。---

 それから、たとえ異教徒との戦闘であっても、その目的が単純に私利私欲を満たすためだとか、民族の独立や国益のためだとか、そういうことであれば、それはジハードではありません。

 あくまでイスラームのためであること、戦う相手が異教徒であること、という二つの条件を満たして初めてジハードと呼ばれる資格が生じます。これが法学的な定義です。---


 そして、イスラーム法の根拠となる『ハディース』においては、敵を焼き殺すことは禁じられています。ところが、現代の戦争で用いられる兵器は、ミサイル、爆弾、重火器など、どれも人を焼き殺すものばかりです。さらに、空爆によって兵士以外の一般市民も巻き添えにされていますが、これもイスラーム法の見地からは犯罪とされます。つまり、大量破壊兵器を用いる現代の戦争は、あからさまにイスラームの倫理に反するのです。---


 ジハードはイスラームの正統な教義であり、かつイスラーム法で定められているがゆえにこそ、それを行えば天国に行けるとされています。にもかかわらず、現代では、自衛の場合を除いてジハードを行うことは非常に難しい。なぜならイスラームの倫理に反する可能性が高いからです。どうしてこういうややこしいことになるのか、それを理解してもらうためには、やはりイスラーム法とは何かについて、簡単な説明をしておく必要がありそうです。



─────────────────────────────────────────────────────────────────────────



 こうして、「イスラーム法とは何か」という説明が始まります。


 これが、なかなか難しい。











nice!(0)  コメント(0) 

蜂の巣のその後。



 蜂の巣の、その後の様子です。


 幼虫が孵ったのでしょうか、ハチが巣に群がっています。


 蜂の巣 2.jpg


 どうやら、危険はないようなので、このまま見守り続けることにします。

nice!(0)  コメント(0) 

広島。

  


 広島へ行って来ました。


 JR広島駅です。

 先ず、内側から見た駅正面出口。

 

 広島駅 2.jpg                     

  


 外に出て、後ろを振り返ると。

 広島駅 1.jpg 


 駅の正面に、路面電車の乗り場が待っていました。


 路面電車 1.jpg 


 こちらは、古いタイプの車両です。

 路面電車 2.jpg


 ホテルに到着。

 部屋の窓の真下に「広島城」が見える、最高のロケーションでした。


 広島城.jpg


 早速、歩いて広島城に行きました。


 お堀に夕焼けが映って、幽玄の世界を味わうことができました。

 

 お堀の夕景色.jpg


 翌日は、平和記念公園へ行きました。


 市内見学を兼ねて歩いて出掛けたのですが、途中で、さすがは広島というものを発見しました。

 これです。

 垂れ幕.jpg


 広島銀行本店の壁面に、「燃えろカープ」の垂れ幕が下がっていました。


 平和大通りを歩いて、平和大橋を渡り、平和記念公園に到着です。


 お盆休みだからなのか、あるいは、いつもこのようなのかは分かりませんが、たくさんの人でいっぱいでした。

 肌の色も、年齢も、さまざまな人たちでいっぱいでした。


 平和記念資料館の中も、人でいっぱいでした。


 原爆資料館 1.jpg


 原爆資料館 2.jpg


 肌の色が違う人、家族連れの親子、それぞれが展示されている画像や説明文に丁寧に真剣に見入っている姿を見て、胸が熱くなりました。

 平和を守り続けることに、希望を持てた気がしました。


 平和記念資料館を出て、慰霊碑に向かいました。


 こちらも、慰霊碑に向かって祈る人たちが列を作っていました。

 

 慰霊碑.jpg


 毎年、8月になると、テレビや新聞で取り上げられる「広島」「長崎」です。

 すっかり知った気になっていましたが、行って見て、知らなかったいろいろに気付きました。


 いろいろと考えることの多かった、このお盆休みでした。


 ※ 最後に、新幹線の中で面白いものを見ました。

   エルメスのバッグです。材質によっては、ウン百万円もする代物ですよね。

   思わず、撮らせてもらいました。

   エルメスのバッグ.jpg

 

 

 

nice!(0)  コメント(0) 

裁判の非情と人情   原田國男著    岩波新書

 
 本の紹介によると著者は、「有罪率99%といわれる日本の刑事裁判で、20件以上の無罪判決を言い渡した元東京高裁判事」だそうです。


 「無罪判決を続出すると、出世に影響して、 場合によれば、転勤させられたり、刑事事件から外されたり・・・」。人事権をもつ最高裁判所から冷遇されると「しぶしぶとしぶからしぶへめぐり  しぶのむしにもごぶのたましい」という支部勤務が待っているのだそうです。 


 毎日新聞の朝刊で連載が始まった高村薫の「我らが少女 A」にも、「公僕の誇りと、虎の尾を踏まない慎重さと、 日和見と忖度と見て見ぬふりで裁判官の熾烈な出世競争を生き抜いてきた男・・・」という表現が出てきました。


 裁判官に対する大方の見方は、そのようなものかと思います。


 そういう風潮を知っている著者が、「それだけではないよ」と書いたのがこの本です。


 裁判官の日常を、ゆったりと、大らかに、しかし、克明に書いています。


 著者は、アメリカの裁判官が、「日本では名もなく顔もない裁判官が理想とされる。裁判官が誰であるかはむしろ問題となってはいけない。というのも、判決というのは誰が裁判官として座っているかにかかわらず、同じであるものとされているからである」と論じていると紹介しています。


  アメリカでは「 そもそも、裁判官に対する敬意の度合いが我が国とはまったく違う。」のだそうです。でも「・・・ 我が国には、アメリカでいう悪徳判事はいないと思う。賄賂を要求し、賄賂をくれた側を勝たせる裁判官のことである。この点の廉潔さは、誇るべきことであろう。」


 真摯に仕事と向き合い、公正かつ慎重な判断を日々心掛ける裁判官たちの日常を描いています。


 でも、私は、最近、判決の内容によって、裁判官の名前を控えるようになりました。


 原発再稼働については、裁判官個人の判断を交えても良いと思います。

 

 原子炉の再稼働を判断する基準は、今ある法律ではないと思います。


 人としての倫理観の問題だと思います。


 三権分立の基本に立って、政治とは違う判断があっても良いのではないでしょうか。


 そう考える裁判官であってほしいです。 




nice!(0)  コメント(0) 
前の10件 | -